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カート・ヴォネガット 『猫のゆりかご』(伊藤典夫訳 早川書房) 読了


内容
原爆を発明した科学者に関する本を書こうとしていた主人公ジョーナは、その科学者の関係者を訪ねるうちにカリブ海にある島国サン・ロレンゾを赴くことになった。なぜかそこの大統領に任命され、科学者の子供たちが隠し持っていた水を凍らせてしまう物質アイス・ナインによって、最後には人類が滅亡してしまう。
感想★★★★☆
やっぱりカート・ヴォネガット最高!とくに架空の宗教「ボコノン教」の存在がユーモラスでめっちゃ魅力的!
ボコノン教徒としてのわたしの警告は、こうだ。
嘘の上にも有益な宗教は築ける。それがわからない人間には、この本はわからない。
わからなければ、それでよい。(p22)

それでいいんかいwww この3行目は素晴らしい。
わたしの二番目の妻は、わたしが楽観論者にしてはあまりに悲観的だという理由で出て行ってしまい、部屋はあいていた。(p88)
 
私も悲観的楽観論者を目指そうかと思う。
ボコノンは副業を「生きていること」と書いていた。
本業を「死んでいること」と書いていた。(p141)
 
私もこれから「生きていること」を副業にしようかと思う。
「おとなになったときには、気が狂ってるのも無理ないや。猫のゆりかごなんて、両手のあいだにXがいくつもあるだけなんだから。小さな子供はそういうXを、いつまでもいつまでも見つめる……」
「すると?」
「猫なんていないし、ゆりかごもないんだ」(p172)
猫なんていないゆりかごもない!! すべてが無意味である!
わたしは、前夜読み終えた『ボコノンの第十四の書』を思いだした。『第十四の書』には、こんな題がついていた、「思慮ぶかい人間が、過去百万年の経験をつんだ、地球上の人類に希望できることは何か?」
 『第十四の書』を読むには、大して時間はかからなかった。それは、単語一つから成っていた。
 これが、それである――
 「ゼロ」(p250)

ゼロ零ぜろ0!人間の存在に意味なんてないんだよなあ・・・何で私たちって生きてるんですかー?!
「どうなったんだろうと思うものはたくさんあるわ」とアンジェラ。(p254)

確かにどうなったんだろうと思うものってたくさんある。めっちゃある。

 わたしは『ボコノンの書』を開いた。内容をまだそれほどくわしく知らないので、宗教的なやすらぎが得られるかもしれないと思ったのだ。『第一の書』の扉にある警告を、わたしは急いで読みとばした――

  馬鹿なことはやめろ!すぐこの本を閉じるのだ!<フォーマ>しか書いてないんだぞ!

<フォーマ>とは、むろん、嘘のことである。(p269)

1ページ目にこんなことが書いてあるなんて、ヴェリ・ナイス。

訳者あとがきに書いてある通り、この本にはヴォネガットのとぼけた語り口の中で、どうしようもなく人間的な人々の悲しい物語が語られています。ぜひもう一回読みたい。あと、ボコノン教に改宗したい。

メモ
読みたい本 カート・ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』『猫屋敷のカナリア』『母なる海』『スローターハウス5』 Kurt Vonnegut "Cat's Cradle"
ハーマン・メルヴィル『モービイ・ディック』 ヴォネガットがこの本の有名な冒頭の一文をパロディしてるみたいなので。
 

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